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選定対象の解説・選定理由

単行本部門 斎藤晃「蒸気機関車200年史」NTT出版(2007)

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著者はすでに、「蒸気機関車の興亡」(NTT出版・1996)でイギリス、アメリカ、ドイツ、日本、南アフリカなどの蒸気機関車を取り上げて、それぞれの発達史と技術的特徴を紹介し、続いて「蒸気機関車の挑戦」(NTT出版・1998)で狭軌の蒸気機関車、間接式の蒸気機関車、日本の手による広軌の蒸気機関車という切り口で技術史的な比較を試みるなど、世界と日本の蒸気機関車をテーマに意欲的な著書を世に送り出してきました。

今回の著書は、その集大成とも言うべき内容で、200年間にわたる世界の蒸気機関車の歴史を通観し、イギリスにおけるその始まりから、バルブギア、コンパウンド・エンジンなどのメカニズムの発達、各国別(特にイギリス、フランス、ドイツ、アメリカ、日本)の特徴を紹介し、世界と日本の蒸気機関車の歴史を体系的かつ的確にまとめた力作です。

これまでの鉄道史に関する著作は、特定の国の記述に限定されるのが特徴でしたが、本書は膨大な文献と現地調査によって、国際的な視野で比較・分析を行っており、世界的に見ても希有の著書と言えます。また、こうした体系的著作を、鉄道の専門家以外の立場でまとめたことも、日本の鉄道趣味界のレベルの高さを示すものです。このほか、分かりやすいイラストによって、蒸気機関車固有の複雑なメカニズムを平易に解説するなど、随所に著者ならではの工夫の跡が見られます。

本書は、産業史、技術史的な観点からも有用な著書で、諸外国にも類例のない著作として、受賞作に選定いたしました。

単行本部門 関田克孝「のりもの絵本-木村定男の世界-I・II」フレーベル館(2007)

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本書は、「キンダーブック」「トッパンの絵本」「ひかりのくに絵本」「栄光社の絵本」などに乗り物の絵を描き続けた画家、木村定男(1922〜1999)を取り上げ、リアルな描写にこだわり続けたその独特の作風と魅力に迫った作品です。木村は、1922年に大阪市内で生まれ、大阪美術学校を卒業の後、大阪市立都島工業専門学校の美術の講師を勤めながらひかりのくに出版で絵本の原画を描くこととなりました。

その後独立し、トッパン、光洋出版、富士屋書店、講談社、小学館、学習研究社、フレーベル館などの出版社からの依頼で数々の絵本の原画を手がけましたが、1970年代になると写真版の絵本が増えるようになったため、写真や風景画、個展などにも活躍の場を広げました。木村が得意とした題材は、鉄道をはじめとする乗り物の絵で、精緻な筆とダイナミックな構図でその魅力を余すことなく描写しました。

特に、木村が活躍した時代は、蒸気機関車の最後の活躍と、それに代わる新しい鉄道車両が次々と誕生した時代と重なり、その絵本に影響されて鉄道に興味を持った子供たちも多かったことと思います。著者は、時代に忘れかけられていたひとりの画家を見出し、その生涯や作品の見所を通じて、絵本や鉄道を取り巻く時代背景を浮き彫りにしています。また、絵本を題材にした本らしく、オールカラーによる印刷や装丁も魅力的で、巻末の作品目録によって資料的価値を高めています。

鉄道趣味の原風景とも言うべき絵本の世界を再認識させた著者の着眼点はユニークなものであり、絵本に対する著者の愛着に満ちた作品として、受賞作に選定いたしました。

定期刊行物部門 江原光昭「京成電軌の四輪単車を再考する」
(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2007年3月臨時増刊号掲載)

京成電気軌道(現・京成電鉄)の創業期に用いられた車両については、これまで不明確な点が多くありましたが、著者はこのうち、金町線専用の7号車、工事用の電動貨車を改造した6号車、東京市電気局から購入した12・13号車の4両の四輪単車にスポットをあて、導入時の概要のみならず、これらの四輪単車の運行状況や、路線の沿革、車両の生い立ちなど、新事実を含めて解明しています。

取り上げられた4両については趣味者の間でも諸説があり、会社の編纂した正史などでも触れられていませんでした。今回の調査にあたっては、先人の研究を踏まえながらも、国立公文書館や東京都公文書館に所蔵されている一次資料を駆使することによって明らかにしており、現車が存在しない車両を解明する際の正攻法として、その調査の手本となるべき内容を数多く含んでいます。

テーマの設定そのものは非常に狭い範囲ですが、路線の沿革や経営状態など、当時の会社を取り巻く時代背景についてもきちんとトレースされており、内容に深みを持たせています。また、引用や出典を明示し、その根拠を明確にするとともに、事実と推定をきちんと書き分けるなど、信頼性のきわめて高い内容となっています。

ある小さな疑問に端を発して調査を進め、一定の成果を得たという点は鉄道趣味の原点として評価され、意欲的に取り組んだ著作として、また今後の研究の発展が期待される著作として、受賞作に選定いたしました。

定期刊行物部門 小西純一「余部橋梁 その1・その2」
(交友社『鉄道ファン』2007年7月号/8月号掲載)

本著の主題である山陰本線余部橋梁は、1912年に竣工した明治期を代表する鉄道橋ですが、2005年に架け換え決定し、現在、その工事が進められています。古くから鉄道写真の名撮影地として多くの鉄道趣味者に親しまれ、現在ではその姿を惜しむ観光客が全国から訪れていますが、橋梁そのものの沿革やその果たした役割、技術史的価値などを一般向けに紹介した著書は乏しく、その建設や保守管理に多大な苦労があったことを知る人は少ないのが現状です。

著者は、歴史的鉄道橋梁の研究者として、工事記録や古写真などを駆使して、計画、建設、開業からその後の保守管理に至る歴史を明らかにしています。ここで示されている参考文献の多くは、専門の技術者以外には難解なものばかりですが、著者は橋梁研究者として、また鉄道趣味者としてこれらを十分に咀嚼し、一般読者向けに平易に解説しています。

鉄道趣味が多様化する中で、鉄道施設に関する記事はこうあるべきだということを示した模範的な著作であり、文章と写真、図のバランスも申し分のないものです。また、余部橋梁という特異な構造の橋梁をとりあげて、その特徴や見所、歴史を明らかにしたのみならず、そのエピソードを紹介し、技術史的な観点から保存のあり方に評価を加えるなどして、内容を奥深いものにしています。

数多くの鉄道橋梁を調査してきた著者の豊富な経験と、鉄道橋梁に対する思いが感じられる著作であり、受賞作に選定しました。

定期刊行物部門 名鉄資料館「知られざる名鉄電車史 1・2」
(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2007年7月号/8月号掲載)

本著のうち第1回は、1912年の名古屋電気鉄道郡部線開業時に製造された四輪単車の電動客車40両(後のデシ500形)と、電動貨車35両(のちのデワ1形)の誕生から消滅までの経緯を解説したもので、先行研究を踏まえ、当時の会社の経営状態や社会的・経済的背景とともに、総括的に一挙に解説しています。

また、第2回は、1937年製造の3400形、850形という2形式の流線型電車を取り上げ、それぞれ個別に設計された背景やその後の使用状況の変化などについて解明しています。これらの著者は、企業資料館名義となっていますが、同館所属の研究者によって執筆されたものです。このため、所蔵資料を駆使できるという立場にはありましたが、こうした恵まれた環境をうまく活用して本著をまとめた努力は認められるべきであり、また、そのような施設における研究成果としても高く評価されるべき内容のものです。

このほか、自社で所蔵する資料だけでなく、鉄道趣味者の収集した資料や、貴重な写真をふんだんに使用して資料的価値も高いものとなっています。本著は、企業資料館の展示企画と連動した作品ですが、単なる企画展示に終わらせるだけではなく、著作として書き残すことによって一般読者にその成果を公開したことも評価されます。

今後の企業資料館の運営のあり方を示す上でも模範となる著作であり、受賞作に選定しました。

特別部門 会報「鉄道史料」(鉄道史資料保存会)の継続出版

鉄道史資料保存会(奥田晴彦代表、大阪市天王寺区)は、その創設以来、入手が困難な鉄道関係の歴史資料の復刻を積極的に行うとともに、1976年1月に季刊誌「鉄道史料」を創刊し、以後、25年間にわたって100号まで発行しました。さらに101号以後は、不定期でMOOK形式の「鉄道史料」を継続出版し、現在に至っています。

「鉄道史料」は、当時としては珍しいA4判を使用し、その大きな誌面を最大限に利用して車両図面や古写真などをふんだんに紹介してきました。特に、関係者しか配布されていなかったような貴重な資料を世に紹介することによって、鉄道趣味者の調査・研究活動にも大きく貢献し、鉄道史の研究の裾野を広げた点は高く評価されます。また、執筆陣に多数のベテランを起用し、それまでの商業出版物や企業の社史などで扱われなかったようなミクロな話題を丹念に掘り起こすなど、独自の編集スタイルが貫かれました。

こうした誌面作りを支えたのは、印刷業の傍らで会を主宰した奥田晴彦氏と、献身的にこれを支援した執筆者、資料提供者たちであり、こうした点が商業出版社とは異なり鉄道趣味に徹した誌面作りにつながったものと考えられます。また、東京に偏重していた創刊当時の鉄道出版界にあって、大阪という地の利を活かし、関西の話題を数多く取り上げた点も特筆されます。

こうした地道な活動を四半世紀にわたって継続し、鉄道趣味界に多大な貢献を果たしたことを評価し、特別部門として鉄道史資料保存会の出版活動を選定しました。