選定対象の解説、選定理由は下記のとおりです。
単行本部門 藤田吾郎『70系戦災復旧客車 ―その形態バリエーションー』(上・中・下)ネコ・パブリッシング(2023)
70系戦災復旧客車は、太平洋戦争中に被災した車両を応急的に復旧したもので、再改造や劣化による廃車のペースが速く、1980年代に事業用車としてわずかに残るのみでした。戦後の混乱のため被災車鋼体を生かした工場判断による個別的改造も多く、全体像が不明確なため「種々のバリエーションがある」と総括され、1946~1950年に製作された376両の実態は不明瞭のままでした。著者はその外観バリエーションを明らかにすることを目ざし、写真や図面などを基に調査を進め、復旧前の車体が残存するケースは58両、車体や台枠を利用して復旧されたケースは315両であることを明らかにしました。この結果、未確認はわずか3両に絞られたとのことです。従前調査による写真や測定データなどに基づき85タイプを図面化していることも特筆されます。現車がほぼ消滅した現在、散逸が進む古い資料・記録を博捜してその実態を明らかにした類例のない書籍であり、鉄道趣味界への貢献が極めて大きいと考えられ、受賞作に選定しました。
単行本部門 岡田健太郎『大陸浪人路面電車―中国大陸を駆けた日本の電車のものがたり―』日本鉄道研究団体連合会(2023)
本書は、これまで内地の公営・民営電気軌道各社から転出の記録が見られながらも、中国大陸に渡って以後の足取りが明確になっていなかった車両を、さまざまな記録、写真、さらには現地調査などによって丁寧に復原した記録集です。また画像の残っていない車両については、最新のデジタル技術を駆使して各種資料をもとにその実像を復元しています。これまで直接関係する日中両国はもちろん、世界的にもほとんど手つかずの領域に切り込んだ著者の着眼点および着想、さらに資料収集のみならず実見者の知見や写真も交えながら考証を深めている点も評価できるでしょう。また将来得られなくなるであろう知見を整理した点も評価できます。現代の鉄道趣味者にとってだけでなく、将来にわたる貴重な記録として、受賞作に選定しました。
定期刊行物部門 該当なし
定期刊行物部門については、応募作の中から島賞にふさわしい作品を選出するには至らなかったため、今回は「該当なし」といたしました。「該当なし」とすることの妥当性については選考委員会で相当に議論を重ねましたが、やむを得ないとの結論に至りました。
特別部門 浅原信彦『ガイドブック 最盛期の国鉄車輌』1~16(ネコ・パブリッシング)
1968年前後に国鉄に在籍した電車、電気機関車、蒸気機関車を網羅的に解説した本誌は、国鉄時代を知る者だけでなくこれからの世代の趣味者にとっても、当時の車両の全容を知るうえでよい手引書と言えます。電車や電気機関車については昭和初期から高度成長期の輸送力増強に到るまでに導入された車両技術や車両の使用状況を体系的に取り纏めており、いっぽうで蒸気機関車では地域の事情に合わせた仕様の変更や改造など趣味的な視点も織り交ぜた構成が目を引きます。著者が17年をかけて纏め上げた16巻という壮大な取組みは類を見ないもので、特別賞に値するものとして選定しました。
特別部門 芝浦工業大学附属中学高等学校「鉄道院403号(西武鉄道4号)機関車の保存」(『レイル』125号、エリエイ)および同機関車の保存活動
1922年に設立された東京鉄道中学がルーツである芝浦工業大学附属中学高等学校は、開校100周年記念事業のひとつとして、英国ナスミス・ウィルソン社製の鉄道院400形蒸気機関車403号機の保存展示を2022年に開始しました。この機関車は晩年に西武鉄道4号機となり、上武鉄道への貸出期間を経てユネスコ村で静態展示された後、西武鉄道横瀬車両基地にて保管されていたもので、復元整備され同校に寄贈されたものです。『レイル』誌に掲載された記事は、1886年に製造された同機の歴史を詳しく解説するとともに、復元工事中に撮影された各部の詳細な写真を掲載しており、その高い資料性は今後の鉄道車両保存活動にも益するところが大きいといえ、機関車の保存活動とともに特別賞に相応しいものとして選定しました。