選定対象の解説、選定理由は下記のとおりです。
単行本部門 関田克孝『帝都電鉄』、ネコ・パブリッシング(2019)
帝都電鉄は、1933(昭和8)年に開業した私鉄ですが、紆余曲折を経て現在の京王電鉄井の頭線となりました。この著作は、帝都電鉄時代の会社創立以来の資料や写真を収集してまとめており、さらに他社への合併後の戦後の動向についても解説を加え、私鉄の歴史をたどる記録資料として価値が高い著作です。本書によって帝都電鉄の成立から京王井の頭線となった現在までの運行主体の歴史と車両の発展を詳細かつ体系的に知ることができます。資料の発掘のみならず著者自身の調査や観察にも基づいて構成している点は車両史研究の見本ともいうべきであり、井の頭線の歴史、特に車両に関する記録としては定本となる内容です。これらの点を高く評価し、本賞にふさわしい作品として選定しました。
単行本部門 青森恒憲(著)・モデルワーゲン(編)『立山砂防軌道』こー企画(2021)
立山砂防軌道は、旧内務省によって建設された工事用の専用軌道で、1929(昭和4)年に最初の路線が開業し、現在は国土交通省立山砂防事務所によって管理されています。軌間610mm、全線単線で、現在の路線延長は17.7 kmあり、標高差約640mを登坂するため8箇所38段のスイッチバックを設け、最大勾配は83.3‰に達します。この著作は、著者が約40年前に訪問した記録をまとめた写真集です。現在では当時のように自由に撮影できなくなっており、その意味でも貴重な記録といえます。写真を主体として構成されていますが、印刷、レイアウトも優れており、本賞にふさわしい作品として選定しました。
単行本部門 今井啓輔『北海道の殖民軌道』レイルロード(2021)
北海道特有の交通機関であった簡易軌道(殖民軌道)について、関西在住の著者が、何十回と北海道を訪問し、膨大な時間と手間をかけ、道内各所で地元住民に運行当時を聞き取った成果をまとめた労作です。簡易軌道については、すでにいくつかの著作が出版されていますが、本書の特徴は地元の約350人におよぶ聞取り調査の結果をまとめた点にあり、略図や当時の写真を交えて個々の聞取りを路線別に紹介しています。聞き取り調査の記録を路線別に再整理した点がユニークで、路線図、引用文献、参考文献とともに適切にまとめられ、鉄道趣味者だけでなくそれぞれの地域研究としても価値の高い出版物であることから、本賞にふさわしい作品として選定しました。
定期刊行物部門 服部朗宏「私鉄のキハ17系概観」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、No.980~No.981(2020.12~2021.1)
キハ17系は、国鉄の一般形気動車として1953(昭和28)年に登場し、ローカル線を主体として全国で活躍しましたが、国鉄のみならず私鉄にも影響をあたえました。基本的な構造はキハ17系に準拠しつつ、それぞれの路線の特徴を踏まえた仕様変更を施した車輛が各地に登場したのです。本記事は、それらをつぶさに調べ、特徴を明らかにしています。文献や写真の渉猟、現車調査、そして自身の考察による系統化によって組み立てられた分かりやすい記事は、車両観察趣味の一つの完成形を示し、広い視点から一時代の私鉄気動車を俯瞰する内容となっています。車両の導入経緯、構造、履歴といった基本的な内容を網羅し、堅実なまとめ方に著者の視点に基づく考察が加わり、車両史研究の模範となるものであり、本賞にふさわしい作品として選定しました。
定期刊行物部門 市原純編「証言・DD51成田空港ジェット燃料輸送」『J-train』イカロス出版、No.81(2021.4)
昭和50年代に行われた成田空港(新東京国際空港)へのジェット燃料輸送について、当時の機関士や関係者5名へのインタビューをまとめた記事で、関係者の高齢化と「一定の時間経過」という時機をとらえ、鉄道史・昭和史の記録として企画されたことに意義があります。成田空港のジェット燃料輸送は当時の社会情勢が複雑に絡み、記録として扱いが難しいテーマですが、当事者達に何があったかを冷静に聞き出し、機関士や関係者への証言としてあくまで冷静・客観的にまとめ、記録したことにこの作品の意義があります。DD51形ディーゼル機関車の運転史としてのみならず、現代鉄道史の史実を明らかにした点を評価し、本賞にふさわしい作品として選定しました。
定期刊行物部門 早川淳一「”トレインスポッター”の眼で記録した北海道の鉄道1981~2021」『鉄道ピクトリアル』電気車研究会、No.988(2021.8)
トレインスポッター(Train Spotter)は、列車の編成をメモに記録する鉄道趣味のジャンルのひとつで、特にイギリスでさかんに行われています。著者は、列車の編成を約40年にわたって記録し続けてきましたが、本記事はその中から北海道の列車編成の変遷に焦点をあててまとめたものです。単に列車編成を紹介するだけではなく、その背景にある鉄道史上のさまざまな事件や、高速化などといった時代の変化をも読み込んでおり、特に 1980 年代の特定地方交通線廃線時の最終編成は価値の高い「時代の記録」となっています。実際に自分の眼で見て確認することを大切にしてほしいという著者のメッセージが強く感じられ、足とメモで記録した北海道の列車史・車両史となっていることを評価し、本賞にふさわしい作品として選定しました。
特別部門 『ホジ6014号蒸気動車のすべて』リニア・鉄道館(2021)の出版および関連する企画に対して
リニア・鉄道館(名古屋市港区)では、同館で展示しているホジ6014が、2019(令和元)年に国重要文化財の指定を受けたことを機に「重要文化財・ホジ6014号蒸気動車のすべて」と題した企画展を2021(令和3)年3月~翌年1月まで実施するとともに、図録として本書を発行しました。単に車両を紹介しただけの図録ではなく、広範囲な調査記録の成果を網羅しており、復元保存にあたって十分な調査と考証が行われ、重要文化財指定に至った経緯が記録されています。本書では考証や時代設定の判断がいかに慎重になされたかを示すことに多くのページを割いており、今後の文化財指定や車両保存の模範となる内容を含んでいます。文化財指定を機会に行われた企画展の開催やガイドツアーなど同館の活動と一体で、本賞特別賞に選定しました。