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選定対象の解説・選定理由

単行本部門 長船友則「山陽鉄道物語」JTBパブリッシング(2008)

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本書のテーマである山陽鉄道は、1888年に兵庫〜明石間が開業し、1901年に神戸〜馬関(下関)間が全通した明治時代を代表する私設鉄道のひとつで、1906年には鉄道国有化によって国に買収され、現在の山陽本線などになりました。
本書は、この山陽鉄道にスポットをあてながら、その創立から建設、運転、経営などについて、当時の新聞記事や営業報告書など幅広い資料を丹念に収集しながら明らかにしています。全体は、序章と30項目におよぶエピソード、年表などによって構成されており、初代社長であった中上川彦次郎のユニークな経営方針や、幻の路線計画、日本で最初となった食堂車の営業などがほぼ時系列にそって紹介されています。
本書の特徴は、著者がこれまで丹念に収集してきた貴重な資料が随所に活かされている点にあり、博物館や図書館、旧家などを訪ね歩いた地道な努力の跡がしのばれます。
本書は、全編にわたり著者の山陽鉄道に対する蘊蓄があふれており、また歴史的なテーマであるにもかかわらず、収集した様々な資料をビジュアルに見せることによって親しみやすい構成とした点も高く評価され、受賞作に選定しました。

単行本部門 湯口徹「日本の蒸気動車」ネコ・パブリッシング(2008)

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蒸気動車とは、客車に小型の蒸気機関を乗せて自走できるようにした構造の鉄道車両で、現在では博物館明治村に鉄道記念物として1両のみが保存・展示されている大変珍しい車両です。本書は日本国内で使用された約60両あまりの蒸気動車について、その導入経緯、技術的特徴、運用状況、末路などを記述したものです。本書は、上編と下編の2冊で構成され、上編では外国からの導入時の時代、国産車の時代、各鉄道・軌道での使用実績などが解説され、下編ではさらに国有鉄道での使用実績、1940年以降における動向、蒸気機関の再利用や客車への転用などについて言及されています。
蒸気動車については、これまでにも鉄道趣味誌などでたびたび紹介されたことがありますが、俗説や憶測などによる誤解もあり、導入時のいきさつやその後の使用状況などについてはなお不明な点が残されたままでした。著者は、蒸気動車に関わる特許や実用新案にさかのぼってその実用化の過程を丹念に検証し、これまでの誤謬を修正するとともに、明らかでなかった多くの事実を解明しました。
著者はすでに、日本の内燃車両に関する優れた著作をいくつか執筆していますが、これまでに発掘した特許や図面、写真が豊富に掲載され、国内で使用されたすべての車両についての車歴が網羅的に解説されています。さらに、蒸気動車としての役割を終えた後の使用例や再生例までが綿密な考察の上で明らかにされており、鉄道趣味者ならではの車両史研究の代表作として選定しました。

単行本部門 河田耕一「鉄道風景30題」機芸出版社(2008)

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本書は、鉄道模型のシーナリィを製作する上での参考となる鉄道風景を紹介したもので、30章にわたって写真とエッセイ、イラストを中心にまとめたものです。
著者はすでに、1974年に発行された「シーナリィ・ガイド」(機芸出版社)で同様の視点に基づく著作を発表していますが、前作は鉄道施設の細部の写真や記述にこだわっていたのに対し、今回はすでにこうした資料が豊富となりつつあることを踏まえ、鉄道の雰囲気を伝え、過ぎ去った過去を写真と文と絵で表現することに主眼が置かれています。「もっとも普通の風景をもっとも普通に撮る」「できるだけ多くの事物を写しこむ」という方針のもとで1954年から撮影された情景は、構内の片隅にたたずむ石炭台や、煉瓦の給水塔、木造の信号扱所、腕木式信号機など、鉄道施設の隅々におよび、かつてごくあたりまえに存在していたこれらの施設が、すでに過去のものとなっていることに改めて気づかされます。
こうした日常的な鉄道風景は、とかく見過ごされがちですが、撮影から半世紀近くを経た現在、これらの記録は時間と共に醸成し、歴史的資料としても貴重な意味があります。また、鉄道施設の紹介は、とかく形態分類や技術的な解説に偏りがちですが、当時の回想を交えながらエッセイ風にまとめられており、長年にわたる趣味活動の蓄積と愛着が感じられる作品となっています。こうした著者ならではのユニークな視点が集大成された作品として、賞にふさわしい作品として選定しました。

定期刊行物部門 澤内一晃「東京市の静脈物流と私有貨車」
(電気車研究会『鉄道ピクトリアル』2008年1月増刊号掲載)

本著は、廃棄物の輸送を意味する静脈物流という観点から、その先駆的な事例がすでに大正時代の人肥輸送(都市内で排出される屎尿を郊外の農家へ輸送して人肥として用いた)でなされていたことを明らかにし、その社会的背景や輸送形態、輸送に使用していた貨車などを解説したものです。
本著では、はじめに人肥の利用の経緯やその概要について紹介があり、東京市、東武鉄道、西武鉄道における実際の輸送状況や、使用貨車、その後の経緯などに言及しています。こうした人肥輸送はこれまで興味本位にとりあげられがちでしたが、著者は公文書などに基づいてより正確で客観的な情報を収集し、その実態を明らかにしました。またこれまで、人肥輸送は戦中戦後の特殊な事情によるものと理解されていましたが、本著によって大正時代から行われていたことが解明されました。
この作品は、わずか3ページという短い報告ですが、鉄道による人肥輸送がなぜなされるようになったのか、その社会的背景や当時の肥料の供給事情などを含めて明らかにしており、さらにその衰退した要因についても考察するなど、きわめて濃密な内容を含んだ著作となっています。 このような多岐にわたる内容を、要領よくまとめた著者の力量と、考察の奥深さを高く評価し、受賞作にふさわしい作品として選定しました。

特別部門 田部井康修「上州を走ったトラム 伊香保電車」東武博物館(2008)

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本書は、群馬県の渋川〜伊香保間を結んだ延長12.6kmの伊香保電車(伊香保電気鉄道として開業し、高崎水力電気、東京電灯を経て東武鉄道伊香保線となる)を題材とした写真集で、2008年3月25日から2か月間にわたって東武博物館(東京都墨田区)で開催された同名の特別展にちなんで発行されたものです。
伊香保電車は、1910年に開業し、1956年に廃止されましたが、作者は高崎在住という地の利を活かして昭和25年から廃止されるまでをカメラで追い続けました。写真集には、展示しきれなかった写真を含めて約100点が掲載されましたが、いずれも当時の沿線風景を的確な構図でとらえており、伊香保電車に対する著者の愛着が感じられます。また、鉄道の写真集としても、デザイン、印刷など申し分ないできばえで、きわめて質の高い出版物となりました。
こうした写真集の評価については、選考過程でもさまざまな意見がありましたが、鉄道写真そのものはフォトコンテストなどで単独または組写真としての評価が行われてきたものの、著書としての写真集が評価される機会がこれまで無かったことから、これを顕彰することは会としても意義あることと判断しました。しかし、写真集は著述内容に主眼を置いて評価する単行本部門や定期刊行物部門と同列に扱うことが難しいことや、 本書が博物館の出版物という枠を越えて本格的な写真集として発行された点を考慮し、特別部門に該当する作品としてこれを選定しました。